毎週国会議事堂前に行かなきゃいけなくて疲れるんよ。

昨日も国会議事堂前の反戦デモに行ってきた。 まだめまいも治ってないって言った側から、それでも行かなきゃいけないクソ情勢になってきてしまったのでしょうがない。 職場では誰も話題にしてなくて、あたかも世界は平和であるようなのだが、私もその世界の住人のふりをしながら、昼休みにせっせとカッパとペンライトを買って、コンビニ印刷でプラカードを作る。 退勤して電車に乗って駅に着くと、前を歩いていた人たちがスッと鞄からカッパを取り出して身に纏い出す。 階段を上がったら人が溢れ、力強い声が響き渡って、そこに現実がある。 一人じゃない、と思う。

昨日は二万人を超える人があの場にいた。 あの場所以外にも、日本中の都道府県で集まる人がいた。 デモに意味はあるのか?と思う人がいると思うけど、私はめちゃくちゃ意味があると思っている。 今回助けられた憲法9条は、まさにデモによって守られてきた。

私は人混みの中に突入してしまうとめまいがひどくなってパニックになるので、すごく端っこの方でじっと立っている。 あまり大きな声も出さない。 でもここに人がいるということに意味があるから、それでいいんだよ。 どうかな。家で悶々としているなら、ちょっと寄ってのぞいて行ってみては? 戦争反対の意思を示すことは誰でも気軽にやっていいことだ。


仕事という平和世界では、みんなAIの活用法の話題で持ちきりのようだ。 取り残されないように、早く使いこなせるようになければならない。 でもその技術は、今まさに効率的に殺していい人間を選別することに使われている。 私の元の専門に寄せると、ものすごい電力を消費して環境負荷を高めてもいる。 AI技術は他にもたくさんの社会問題と関わっている。 結局社会は技術によって良くなってきたじゃん?大丈夫っしょ?という考えには私は到底賛同できない。 AIを使うなといいたいわけではない。 そういう問題を認識して、時には声を上げながら使っていくのが大人としての、または技術に関わるものの端くれとしての責任なのかなと思っている。

とはいえ、私はあんまりエンジニアという仕事に対して人生とか自己実現とか特に何も賭けてないので、少し視野が広く持てているのかもしれない。 変な人としてたまに変な視点を差し込んでいけたらいいなと思っている。 もしかしたら近くに同じようなことを思ってる人がいて、私のような存在に少し安心してくれるかもしれないしね。